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吾妻橋ダンスクロッシングって、なに??

「吾妻橋ダンスクロッシング」はパフォーミング・アートの「最先端」がコンパクトに詰まった大変お得な公演です。
コンテンポラリーダンス、現代美術、演劇、お笑いなどジャンルを横断してチョイスされた先端パフォーマーが毎回8組程度登場します。
構成は前半約40分、後半約40分。1組約10分の持ち時間で、長尺の1本で勝負するか、前半と後半2演目に分けるか、いずれにせよ各自ここでしか見れないスペシャルな出し物を用意します。
そう、これは『最新パフォーマンス、ベリー・ベスト・セレクション』とでも言うべき、いわば「コンピレーションアルバム2枚組」。「シングル盤サイズ」の「ショートピース」が矢継ぎ早に繰り出されるユニークなスタイルのイベントなのです。

「ダンスらしきもの」たち

いま、欧米と比べて日本のコンテンポラリー・ダンスが断突に面白い(と僕は思っているのだが)、少なくともきわめて特異な展開を見せているのは、この場所がダンスの歴史や教育も無いに等しく、それゆえ共有されるべきコンテクスト、その基準となるスタンダードも持たない「悪い場所」(椹木野衣)だからだ。劣悪な(?)環境のなか、各自ありあわせの材料をやりくりして「ダンスらしきもの」をデッチあげるのだから、いきおいデタラメ度というか革新性は高まるというわけだ。すると、ついには、ほとんど妄想としてのダンスが想像され創造されることになる。そうなるともはやダンスとは「麒麟」や「鵺(ぬえ)」の域かも?
[桜井圭介/吾妻橋ダンスクロッシング企画者・音楽家]

レビュー

松本みどり(美術評論家)
「キッチュ、ふざけあいから進化するダンスというアート」

 未だ形のないところから新しいものが生まれる喜びを、『吾妻橋ダンスクロッシング』は、久しぶりに味あわせてくれた。桜井圭介氏厳選8組の若い振付家・ダンサーを一堂に集めたこのイベントは、日本の大衆文化が生むキッチュや、子供のふざけあいから発展した目的のない動作を素材に、全く新しいダンスの構造を構築しようとする野心と熱に溢れていた。(中略)
 そこには、60年代に、震える、転ぶといった「負の動作」からダンスを構築し、人間存在の根源にある不可知なものを肉体に写し取った土方巽の舞踏に通じる、「周縁からの創造」の新しい形があった。男と女、支配と被支配を転倒させながら、彼女が口から吹くビールを日傘で受け止める男を舞台中心に配し、ビール吹きから噴水のほとばしりのようにしなやかでバネのある回転に転じるといった、身体を通して舞台上に絵を描く康本の振り付けと動きには「ネオ舞踏」とも言うべき無意味からの造形が見られた。そして、バティックの黒田育世を加えた身体表現サークルの2本目のパフォーマンスがジョン・レノンの『Give peace a Chance』とともに抱擁で終わるとき、「人間未満」の機械性の下からにじみでる若い肉体の温度に、肉体のはかなさをその外部に向かうことで輝かせる、ダンスというアートの力を感じた。
[Invitation 2004年10月号 より]

いとうせいこう (作家、編集者、ラッパー、作詞家、演出家、TVタレント、役者)
「ダンス界のポップなにぎわい」

今回は『吾妻橋ダンスクロッシング』の話。基本はダンス・パフォーマンスの公演なのだけれど、ひと組あたりほぼ十分間という短さで次々と出演者が変わるスピーディな構成になっており、しかも例えば「男子はだまってなさいよ!」がコントをやったりもするという越境性が特徴的。
会場で売ってる特製Tシャツに「very cool! very fool!」とデカデカと書いてあるだけに、ダンスの内容の方もユーモアを含んだものが多く、教養的に見られがちなダンスをなんとかポップなものにしようという試行錯誤がかわいらしく魅力的で、21世紀に死に絶えたかに見えたサブカルチャーがダンス界からゆるく再生し始めている予感さえ感じさせるイベントなのでありました。
[『先見日記』 http://diary.nttdata.co.jp/ より]